1970年代から長く続いてきたアニメブームが、終焉を迎えようとしていた1980年代後半。潮目が大きく変わろうとする状況に抗うかのように、アニメ映画では、圧倒的な描き込みで映像を見せていく「高密度作画」の作品が登場する。
ガイナックス制作の『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(87年公開)、大友克洋監督作の『アキラ』(88年公開)、そして、押井守監督作の『機動警察パトレイバー THE MOVIE』(89年公開)などの作品は、密度の高い描き込みによって、アニメーション作品に新たな臨場感やリアル感、そして圧倒的な説得力を見せつけ、次世代にも大きな影響を与えた。
そんな高密度作画の劇場用アニメ映画が席捲する1989年に公開され、それらの作品と肩を並べるほどのクオリティながらも、その後30年に渡って“封印”されていた名作があった。ファンが渇望する中、長きに渡る“封印”が解かれた幻のアニメーション作品。それが『ヴイナス戦記』だ。
TVアニメ『機動戦士ガンダム』(79年)にてキャラクターデザイン・作画監督・アニメーションディレクターを務めた、アニメ監督であり漫画家である安彦良和が描いたコミックス『ヴイナス戦記』を自ら映像化。監督とキャラクターデザインを担当し、『クラッシャージョウ』(83年)、『アリオン』(86年)に続く3作目となる劇場用アニメーション作品として完成。しかし、安彦良和は本作をもってアニメーションから身を引き、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(2015年)の総監督として戻るまで、『ヴイナス戦記』はアニメ監督としての引退作となっていた。
『ヴイナス戦記』は、ハイクオリティな劇場用アニメとして、安彦良和の描きだす世界観を緻密に描写すべく、当時の一流スタッフが集結。脚本はSF作家の笹本祐一、作画監督に安彦良和作品に数多く参加した神村幸子、メカニック作画監督にメカ描写で高い支持を受けた佐野浩敏、メカデザインに横山宏、小林誠、音楽に久石譲らが参加している。
原作コミックスのキャラクター配置や世界観をベースにしながら、劇場版では安彦と脚本を担当した笹本祐一によって、コミックスとは異なる形でスト−リーを再構築。氷の惑星の衝突によって環境が大きく変化し、地球人類が移住することが可能となった太陽系第2惑星である未来の金星=ヴイナス。新たなフロンティアと目され地球からこの惑星に移住してきた人々は、少ない肥沃な土地を巡って戦争を繰り返す。しかし、そうした状況の中で、ヴイナス自体もかつての人が住めなくなる惑星へと戻りつつあった。ヴイナスに生まれ育ち、自分たちの未来に希望を見出せない苛立ちを抱える主人公のヒロを中心とした青春ものというストーリーを軸に、彼らが戦争に巻き込まれることでさらなる厳しい現実を知り、それでもその現実に立ち向かっていく姿が描かれる。
激変する80年代のアニメシーンの中で、安彦良和がアニメーション作家としての引退を意識し、覚悟を持って制作に臨んだ本作。アニメーターとして18年かけて積み上げてきたキャラクターの演技やアクション、映像演出は安彦が信頼するスタッフの徹底したこだわりによって、ハイクオリティな作画が実現。現在は一流アニメーターとして高く評価されることになる、若き日の川元利浩、沖浦啓之、山下将仁、仲盛文、井上俊之、大貫健一、大橋誉志光、大森貴弘たちが作画スタッフとして参加し、その実力をフルに発揮することで、それまでの安彦良和作品の中で最高峰の仕上がりとなっている。
『ヴイナス戦記』は、そんなクオリティの高さを誇りながらも、変化するアニメシーンの潮流の中で大きなヒットに恵まれず、安彦良和のアニメーション界からの引退に合わせて封印されてしまう。しかし、その封印期間の間も、完成度の高さを知る当時のアニメファンからは「もう1度観たい!」という待望論は消えることがなく、日本で封印されている中で映像ソフトが流通していたアメリカでは「日本のアニメーションの中でもハイクオリティな1作」として評価を得るという動きもあった。
そして、30年の月日が経ち、2018年に開催された『ヴイナス戦記』の再上映イベントにて、安彦良和自ら“封印”の解除を宣言。
安彦良和の“封印”によって上映より一度も封を開けられることがなく、皮肉にも最高に近い状態で保存されていたネガフィルムは、HDスキャンをかけるとこの時を待っていたかのように発色を示し、より鮮明な形でのデジタルリマスターに成功。